カウアイ島滞在記II
カウアイ島滞在時に感じたことを中心に、前回の続きを書きたいと思う。
カウアイ島は北側の一部に道路がないエリアがあるため、主要道路が逆Cの字型に島を通っている。
ハワイは貿易風の影響で北東からの風が常時吹いているため、南北の山に風がぶつかり、東側には雨が多いそうだ。
主要な街が東側にあるため、どうしても雨の多い島という印象になる。
私が滞在中も雨がよく降っていた。
特に北部の街、ハナレイに行ったときは一日中土砂降りであった。
土砂降りの中でも、アメリカ人たちは傘をささない。誰一人として。
英国紳士が蝙蝠傘を常備していたのとは対照的だ。
傘をさしていたのは我々家族だけだったように思う。この文明の利器を彼らにも教えてあげたいものだ。
ちなみに、カウアイ島ではほとんど日本人を見かけなかった。
そもそも観光客の大半が白人で、黒人や黄色人種は少なかった印象だ。
よく分からないが、こういうところに人種間の経済的な違いが出ているのかも知れない。
もっとも、私は富裕層ではないので、滞在中の食事はほとんど地元の店やスーパーで買ったものを食べていた。
ドーナツ一個が5百円くらいで、ランチボックスが一つ3千円くらい。
地元の店でも、十分高い。
ホテルのレストランで食事をすると、抑えても1人2万円近くになる。
体感で、日本の価格の4倍くらいのイメージだ。
一般人にこの物価は厳しい。
ハワイどころか、海外旅行へ行く日本人が減少しているのは仕方ないことなのだろう。
ところで、カウアイ島には地方に日系人の痕跡が多く見られた。
地方のストアーや小さな道に日本風の名前がついているのをよく見かけた。「KAWAKAMI Store」とか、「KONISHI road」とか。
1900年代から日本人の入植が始まったとのことだが、本当に苦労が多かったことと思う。
今では観光客が大勢押し寄せるハワイ諸島であるが、当時は農業のプランテーションが主流で、白人資本が全てを牛耳っていた訳である。
そんなところに日本人が入植。やれることは少ない。
地方の店や小さな農地の開拓など、ニッチのマーケットを立ち上げるしかなかったことと思う。
政治家の立候補者にも日系人が多くいたようにも見えた。
今でも主要産業は白人資本が席巻している。そんな中で、飲食店やお土産、士業、政治家など、個人の力でできる仕事から信用を積み上げてきたようだ。
なまじっかの努力ではなかっただろう。
オアフ島の空港に名前が刻まれるダニエルKイノウエ氏は第二次世界大戦の時のヨーロッパ戦線での英雄であるが、戦傷で片腕がない。
苦労多き日系ハワイアンを思うと、本当に頭が下がる思いがする。
ハワイでの食事は美味しい。
いろんな文化が入り混じって独特の味わいを奏でているが、そこに日本人の痕跡も多く見られる。
ハワイの文化に、彼ら先人たちの思いもしっかりと溶け込んでいるのである。
ちなみに、カウアイ島で一番美味しかったお土産はカウアイクッキーである。
創業者は日系2世の夫婦だそうだ。
美味しさの中に、優しさと強さがこもっていたように思う。

秩父で山に登るIT経営者より

