混乱とAI

AIが業務の中で本格的に使われるようになってきました。

ただ、その前にAIの台頭によって明治維新と同じような混乱をもたらすのではないかと思っています。

維新前夜、泰平の時代を生きてきた日本ですが、世界の脅威にさらされ、てんやわんやの状況になるわけです。

上級武士など、伝統と格式の世界に生きてきた人たちはほぼ無力でしたね。

この時に頭角をあらわしたのは、しがらみや古い常識にとらわれない若い下級武士でした。そして彼らが社会を変革させた原動力だったわけです。

そして、若いうちから切った張ったを繰り返し、酸いも甘いも噛み分けた人達が明治に始まる様々な組織の中核を担うことになりました。

彼ら、マネージメント能力が非常に高いんですよね。

教科書にも載っている戦争に関して言えば、日清、日露戦争あたりまでは戊辰戦争で実際に指揮をとっていた人達が中核にいたのですから、大きく間違ったことはやらない。

実戦に裏打ちされたマネジメントスキルがそこにはあったのです。

ということで、混乱した時に生まれた指導層が存在する間、その組織は非常に素晴らしい機能を発揮し、大きな成果を生み出しやすいと、私は考えています。

AIについても同じことが言えるのではないでしょうか。

現在、若い人たちを中心にAIを組み込んだ業務運営が行われるようになってきています。

それはある意味大きな混乱です。

おじさん達が長年に渡って蓄えてきた知識やノウハウが陳腐化してしまうのですから。

昨日まで重要な役割をこなしていた人が、AIの普及によっていらなくなってしまう。そんなことも現実に起こるわけです。

もう、幕末の泰平に生きてきた大名ですよ。

変革の世の中では全く力が発揮できないんです。

ですがその混乱が収まり、AIをうまく使いこなす人々が世界の中核になった時、ものすごい発展が待っているとも思うのです。

もっとも、そういった変革期に頭角を現した人々がいなくなった次の時代。

控えていたのは、敗戦による破局でした。

その時の組織の中核は、勉強のできるエリートたち。

結果はご存知の通り、完璧に大きな間違いを犯したわけです。

混乱を経験したことのないエリートたちがその組織の中核になった時、教科書にない新たな変革の対処に失敗しがちなんです。

AIが当たり前の世界が長く続いた時、その後が心配ですね。

AIの本質をよく分からず、便利に使うだけの人だらけになった時、新たな変革に対応できるのか疑問に思うのです。

つまり、AIをよりうまく使いこなせるような人が偉くなる世の中で、AIが学習したことのないような変化が起きた時に、その偉い人は無能化するんじゃないか、と。

昭和のように、偉い人達が無能化どころか有害化した場合には、敗戦のような極端な破綻が起こるかもしれない。

そんなことを心配に思うのです。

まあ、30年後くらいのお話なので、私はもうこの世にいないか、生きていても恍惚の世界に生きているので、認識すらできないと思いますが。

秩父で山に登るIT経営者より

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