感謝無限大
初夏を思わせる春の爽やかな晴天の中、法要が営まれました。
お寺さんによる読経がメインとなるイベントではありますが、なんとも考えさせられましたよ。
だって、住職が入場する時に皆で手を合わせるんですよ。
なんで坊さんに手を合わせないといけないのでしょう?
基本、手を合わせるのは神様や仏様に対してだと考えていたのですが、坊さんは即身仏かなんかなんですかね。
それ以外にも、棺の前で色々と何かを空に持ち上げるようなパフォーマンスをやられていましたが、あれもよく分からない行動です。
仏教を広められたお釈迦さまはそんなことをやっていたのでしょうか?
僧侶が着ている服は黄土色が中心で煌びやかですが、そもそもこの色はう○この色ですからね。
オシメとして使われ捨てられた布を、お釈迦さまがよく洗い、衣服として使ったのがこの色の始まりとのこと。
随分と本質から逸れてしまったように思いますよ。
大方、遺族たちが故人を盛大に送ってあげたい、という気持ちからスタートし、それを坊さん達が汲み取って、より華美な形に進化していったということなんでしょうけど。
ただ、最近は家族葬や直葬なども広がってきています。
これらの華美なやり方に疑問を持つ方も増えてきているということなのでしょう。
今のところ葬儀に坊さんの読経は必須ですけれども、そのうちそういった葬式仏教的なものも衰えていくことになるのでしょうね。
今回は、私の母を見送る葬儀でした。
母は4月の上旬に誤嚥性肺炎を患い、病院へ入院することとなったのですが、嚥下機能の低下により食べ物や薬が飲め込めず、点滴のみが唯一の栄養となってしまいました。
食べ物が食べられないということは、体が衰えていく一方ということになります。
そこで、我々家族はその日に向かって1ヶ月もの間、母に感謝の言葉と愛していることを伝えることにしました。
母とじっくり向き合い、お別れする時間を持てたのは、家族にとってかけがえの無いものとなりました。
また、医療関係者や介護士の方々の支えにより、最後に我々の望みも叶えることができました。
入院中は誤嚥のリスクがあるために、一切の飲食が禁止されていたのですが、母はずっと、食べたいという意欲はありました。
この気持ちに答えてあげること。
つまり、退院して家へ戻り、誤嚥のリスクがあったとしても、食べ物を口に含ませてあげる。
それが母を囲むすべての人たちの共通の目標となりました。
そして、すべての方々の支えにより、奇跡的に母は家に戻ることができました。
煎餅とあんこを口に含むことができたのです。
たった一日ではありましたが、最期に食べることができ、母も嬉しかったでしょう。
我々家族も、心残りなく見送ることができました。
ご尽力くださったすべての方々に感謝です。
そして、これまで産み育ててくれた母の愛と、母とゆっくりと過ごすことができた最期の時間に、ありがとう。
秩父で山に登るIT経営者より

