有識者懐疑

最近、わが社では国関連の助成事業を行っております。

しかし、この助成事業に対する報告業務を行っていると、国の将来に対して暗澹たる気持ちがわきあがってしまうのです。

ハンコレスを進めているということで、ハンコを無くしていく方針なのだとか。
それはよいのですが、ハンコを押す代わりに自筆でサインが必要とのこと。
また、会社名等も手書きだそうです。

Why Japanese people!!

本末転倒も甚だしいでしょ!

ハンコを無くすのが目的ではなくて、ハンコがなくても回る業務システムを構築し、業務負荷を減らすことが目的でしょう!
ハンコの代わりに手書きって、逆に業務負担が増えてるじゃないですか!

なんでこんなことになるのよ、もう。

やっぱり、トップが打ち立てた方針の趣旨が末端まできちんと理解されず、おもてっつらのみが出回ってしまうからなのだと思います。

会社組織でも良くあるんですよね。

私も以前、社内で使っていた紙を無くす方針を定めたことがあります。

その際、私の話をきちんと聞いてくれている人はその趣旨を理解して、どうやったら紙を無くしてシステムに移行できるかを考えてくれました。

一方、話を聞かず、趣旨も理解しようとしない人たちは、単に紙の契約書をドサーっとPDF化して形だけを整えていました。
PDF化した契約書の分類など考えてもいないので、後に検索することも全く想定せず、カオス状態になってしまいました。

やっぱり、いつでもしっかりと方針とその趣旨を伝え、理解してもらう努力が経営者には必要なのだということですね。

そうはいっても、大きな企業になればなかなか全社員に話をし続けるのも難しいので、経営者の方針とその趣旨を理解する姿勢を持つ人が多い、ということも会社が成長するための必要条件なのでしょう。

もちろん、経営者の方針が正しい、ということが十分条件であるのでしょうが。

国の話から随分と飛んでしまいましたが、方針を決めることはトップの役割です。

でも、政治の世界では有識者会議などを開いて、判断を求めることもよく行われています。

とはいえ、有識者会議に判断をしてもらう建前でありながら、実際にはお膳立てした人によって結論がすでに決まっている、なんてことが往々にして行われているそうですね。

責任を負うべきトップが決められず、責任なき支える側が決めてしまう。
会社経営ではカオスを生む恐るべき状況です。

しかし、この「有識者」って何なんでしょう?

「有識」ってことは知識がある、認識力がある、自意識があるってことなのでしょうか?

一般的には大学教授や組合全国組織の理事長などが選ばれているようですが、ただの利害関係者ですよね?

それとも、我々一般人には知識も認識も自意識もないってことを言いたいのでしょうかね?

秩父で山に登るIT経営者より

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